エキスパートコメント

気候変動に関する国の義務事件ICJ勧告的意見―国際人権法の下での国の義務について

2025年10月28日

(公財)世界人権問題研究センター
副理事長 薬師寺 公夫



(1)気候変動に関する国の義務についてのICJの勧告的意見の概要
(ⅰ)総会の諮問と勧告的意見主文の内容
 国連総会決議77/276は、国際司法裁判所(ICJ)に、(a)諸国及び現在と将来の世代のために温室効果ガス(GHG)の人為的排出から気候系その他の環境(気候系等)の保護を確保するために国が国際法の下で負う義務は何か、(b)国が作為及び不作為により気候系等に重大な害を引き起こした場合、その国が(i)地理的事情などのため、気候変動により侵害を被り若しくは特に影響を受けた国又は気候変動の悪影響に特に脆弱な国(小島嶼発展途上国を含む)、(ii)気候変動の悪影響を被る現在と将来の世代の人民及び個人に対して、これらの義務の下で負う法的結果は何か、について勧告的意見を求めた。
 2025 年7月のICJ勧告的意見の主文は、諮問(a)に対し、(A)気候変動諸条約は人為的なGHG排出から気候系等を保護するため国に対して拘束力ある次の義務を課すと述べ、(ⅰ)気候変動枠組み条約(UNFCCC)の当事国はGHG排出の緩和に貢献し気候変動に適応するための措置をとる義務を負う、・・・(中略)・・・(ⅴ)パリ協定の当事国は共通だが差異のある責任及び協定に定める気温目標に十分貢献する各国の能力に従った措置をとるため相当の注意を払う義務を負う、・・・など8項目の義務を確認し、続いて、(B)国際慣習法に基づき、(ⅰ)国は共通だが差異のある責任及び各国の能力に従い相当の注意を払うことにより環境に対する重大な損害を防止し、国の管轄権又は支配の下で行われる活動による気候系等に対する重大な害の発生を防止するため措置をとる義務、並びに(ⅱ)これらの措置につき持続的に国際協力する義務を負うと述べた。同様に、勧告的意見は、(C)オゾン層保護条約・モントリオール議定書・生物多様性条約・砂漠化防止条約の下で当事国が負う義務、(D)国連海洋法条約の下で当事国が負う義務、(E)国際人権法の下で国が負う義務を確認した。
 諮問(b)について意見主文は、「諮問(a)に答えて確認した義務の国による違反は国際違法行為でありその国に責任を生じさせる。責任国は違反した義務を継続して履行する義務を負う。国際違法行為から生じる法的結果には次の義務が含まれうる。(ⅰ)作為又は不作為が継続している場合にはその停止、(ⅱ)事情により必要な場合には再発防止の保証の提供、(ⅲ)国家責任法の一般的要件を満たす(違法行為と侵害の間に十分に直接的で確実な因果関係が証明できることを含む)場合、原状回復、金銭賠償及び満足の形態での被侵害国に対する完全な賠償」、と述べた。

(ⅱ)本勧告的意見の注目すべき特徴
 総会の諮問内容が一般的であるため、勧告的意見も一般的で抽象度の高いものとなっている。特に諮問(b)に対する意見主文は、国際法委員会(ILC)の国家責任条文29条~31条及び34条の内容と註解の一部を繰り返しただけで、諮問(b)が要請した気候変動に脆弱な諸国、人民及び個人に対する違反の法的結果についてはふれていない。まして諮問外の国際適法行為から生じうる責任(liability)にはふれていない。しかし勧告的意見の理由づけの中でいくつかの重要な指摘がなされている。例えば意見は、すべての国は地球的共有財(international common goods)の保護に共通利益を有するから、気候系等をGHG排出から保護する国の義務は国際社会全体又は条約当事国全体に対する義務に当たると認め、すべての国又は当事国が義務違反国の責任を追及し、違反行為の停止と再発防止の保障を求めることができるとした。同時に本意見は、国家責任条文42条及び48条2項を根拠として特別に影響を被る国と侵害を受けていない国とを区別し、後者の国は被侵害国又は義務の受益者のために賠償を請求できるにとどまることを明言した。両者の国がそれぞれ何を請求できるかについて一層の明確化が求められる。
 諮問(a)に関する意見の主文も、一見したところ関係諸条約の註解又は国際判例において確認されてきた条約規則の解釈又は国際慣習法規則の内容を要約したに過ぎないようにも見えるが、理由づけを見れば重要な指摘が少なからずなされている。例えば、パリ協定2条2項の共通だが差異のある責任に関する今日的な解釈、パリ協定及び国際慣習法における行為の義務と結果の義務の意味内容と充足要件に関する解釈、パリ協定4条2項の「国が決定する貢献」を決定する上での国の裁量権の範囲に関する解釈、気候変動諸条約の他の諸条約及び慣習法に対する特別法としての性質の否定、持続可能な発展・衡平・予防原則等の概念が果たす役割に関する指摘は注目すべき点と思われる。

(2)国際人権法の下で国が負う義務の内容と検討すべき課題
(ⅰ)国際人権法の下で国が負う義務の内容
 諮問(a)に関する勧告的意見主文のEは、「国は国際人権法の下で、気候系等を保護するために必要な措置をとることにより人権の効果的な享受を尊重し及び保護する義務を負う」と述べたが、義務違反があった場合の人民と個人に対する法的結果については何も述べなかった。ICJは、一定の条約が個人も国に対して国際請求を提出することを可能としていることに留意したが、国家責任条文33条4項を根拠に「国の責任を個人が援用する権利を有するか否かは、国家責任の一般規則ではなく、関係する国家と個人間の関係を規律する手続的及び実体的権利義務を創設する特別条約その他の法文書に依存する」と述べるにとどめた。そこで以下では上記主文Eを導く過程でICJが検討した3つの事項、すなわち①気候変動の人権享受に対する悪影響、②清潔で健康的で持続可能な環境に対する権利(清潔な環境に対する権利と略す)、③人権諸条約の領域的範囲について簡単に触れるにとどめる。
 勧告的意見によれば、①国際人権法は気候変動の悪影響から個人の生命権、健康に対する権利、私生活・家族生活に対する権利など人権の効果的享受を確保する義務を国に課すから、国はこれらの人権の保護に妥当な考慮を払う形で気候系等を保護する義務を負う。また、②人権と環境の密接な関係、人権の不可分性と相互依存性の認識に加え、国際人権諸文書(総会決議76/300を含む)、国内憲法その他の国内立法、国際・国内判例等を通じて既に多数の国が清潔な環境に対する権利を人権として承認しており、この人権は国際法上他の人権の享受にとって不可欠なものと認められる。③壁建設事件、パレスチナ占領政策等の法的結果事件のICJ勧告的意見等により既にいくつかの人権条約規定は領域外だが国家管轄の下にある行為に適用されることが認められている。ただし、域外適用の可否は条約規定に依存しており、本勧告的手続の下では国が域外管轄権を行使したと認められる事情を一般的に特定することは要請されていない。以上からICJは、国際人権法の下で国は人権の効果的享受に妥当な考慮を払って気候変動の緩和・適応措置をとる義務を負うと結論づけた。

(ⅱ)ICJが提示した勧告的意見を人権の分野で精緻化する課題
 気候変動の悪影響から人権を保護する国際人権法上の国の義務についてのICJ勧告的意見の内容が抽象的なものとなっていることは諮問内容から見て、ある程度やむを得ない。しかし近年の人権条約実施機関の諸決定の内容もとりこんで一層の具体化及び発展が求められよう。例えば、DBほか対オーストラリア事件自由権規約委員会見解(2022)は、防潮壁建設の遅れ、生活必需資源減少への適時の妥当な対策の欠如など、予見可能で重大な気候変動の悪影響から脆弱な立場にある人の私生活等及び少数者の文化的生活を保護する積極的義務を履行しなかったとして被通報国の自由権規約17条と27条違反を認定し、被害者への十分な賠償を勧告した。またVKS対スイス事件欧州人権裁判所大法廷判決(2024)は、スイスの気候保護非営利法人に欧州人権条約8条につき被害者を代表する当事者資格を認め、国のGHG排出制限の数値化不履行を含む国内規制枠組み実施過程での重大な不作為等を理由に国は評価の余地を逸脱して人の健康と生命を効果的に保護する積極的義務を怠ったとして8条違反を認定した。さらに気候変動の悪影響から米州人権条約上の人権を保護するため当事国が負う義務の明確化を求めた諮問に対する米州人権裁判所の勧告的意見OC-23/17(環境と人権、2017)並びに勧告的意見OC-32/25(気候緊急事態と人権、2025)等に鑑みれば、国の義務に関連して次のような新たな議論も提起されていることを忘れてはなるまい。
 米州の新しい議論の中には、領域内の国家管轄下の活動に起因する害により領域外で人権を侵害された者は、米州人権条約上汚染源国の管轄下にあると認められ、加害行為と人権侵害との間に直接因果関係が証明されれば加害行為の適法性に関係なく汚染源国に人権確保義務が発生し救済義務の対象となる、という見解がある。また気候緊急事態に対する国の緩和・適応措置をとる積極的義務は予防原則を含む強化された相当の注意(enhanced due diligence)の基準(私的活動に対する汚染者負担原則の適用を含む)が適用される、とする意見もみられる。さらに、人権の不可欠の基礎となる清潔な環境に対する権利は米州人権条約26条に基づく自律的な権利であり強行規範であって、個人的側面と集団的側面を有し、後者の側面では自然自体が権利主体となり人権侵害をもたらさなくても自然の要素に対する保護が求められるといったかなりラディカルな考え方を採用するものもある。国家間関係に焦点を合わせるICJの勧告的意見はこうした論点にはふれていないが、気候変動の悪影響に対する国の緩和・適応義務の内容をより具体的に検討する上で、因果関係論とともに上記のような論点も含めて明確化が必要となろう。

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