エキスパートコメント

旧優生保護法問題検証会議への期待

2026年02月03日

(公財)世界人権問題研究センター
理事長・所長 坂元 茂樹

1 旧優生保護法の下で何が行われたのか

 1948(昭和23)年、議員立法により全会一致で成立した旧優生保護法は、戦後の人口過剰問題やヤミ堕胎の増加を背景に、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的」(第1 条)として、制定された。本法でいう「優生手術」とは、「生殖を不能にする手術で命令をもって定めるものをいう」(第2 条)と定義された。
 優生手術の対象となったのは、第3 条で、「本人若しくは配偶者が遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患若しくは遺伝性奇型を有し、又は配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの」(第一号)、「本人又は配偶者の四親等以内の血族関係にある者が、遺伝性精神病、遺伝性精神薄弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患又は遺伝性畸形を有しているもの」(第二号)、「本人又は配偶者が、癩疾患に罹り、且つ子孫にこれが伝染する虞れのあるもの」(第三号)と規定された。身体障害者や精神障害者のみならず、ハンセン病患者もその対象になっていた。
 なお、この第3 条では、「本人の同意並びに配偶者があるときはその同意を得て、任意に、優生手術を行うことができる」と定められているが、療養所に強制隔離されたハンセン病患者の場合には、優生手術や断種を行うことが結婚の条件とされていたために、任意にはほど遠い状況にあった。実際、ハンセン病療養所では、結婚届に優生手術を「行った」「行う」「行わない」を選択する欄があったことが判明している。
 旧優生保護法第4 条は、「医師は、診断の結果、別表に掲げる疾患に罹っていることを確認した場合において、その者に対し、その疾患の遺伝を防止するため優生手術を行うことが公益上必要であると認めるときは、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請しなければならない」との義務規定を置き、「公益上必要であると認めるときは」は本人の同意なしに、審査会の決定により優生手術ができる仕組みになっていた。さらに、第12 条では、「医師は別表第一号又は第二号の遺伝性のもの以外の精神病又は精神薄弱に罹っている者について、精神衛生法第20 条又は第21 条に規定する保護義務者の同意があった場合には、都道府県優生保護審査会に優生手術を行うことの適否に関する審査を申請することができる」との許容規定を置き、公益上の必要性の要件もなく、保護義務者の同意により、本人の同意なく、精神病者に対する優生手術を可能とした。
 その結果、1996(平成8)年に母体保護法に改正され、第3 条第一号から第三号、第4 条および第12 条の規定が削除されるまでの間、厚生労働省提供の資料によれば、本人の同意によらない審査会決定による第4 条の遺伝性疾患に基づく優生手術が14,566 件、第12 条の保護者の同意と審査会決定による非遺伝性疾患に基づく優生手術が1,909 件行われた。また、その実態が本人の真の同意があったかどうか疑われるものの、第3 条の遺伝性疾患等に基づく優生手術が6,967 件、らい疾患に基づく優生手術が1,551 件行われた。このように、合計24,993 件の優生手術が行われた。国は、全ての都道府県及び市区町村に対し、保有する優生手術に関する資料提供を依頼し、約5 万3 千枚の資料が提出されたが、都道府県が現に保有する資料から確認できた優生手術の実施件数は6,550 件にとどまっている。厚労省の調査の約26%に過ぎない現状である。


2 最高裁判所による違憲判決と旧優生保護法補償金等支給法の成立

 2024(令和6)年7 月3 日、最高裁判所大法廷は、「本件規定の立法目的は、特定の障害等を有する者が不良であり、そのような者の出生を防止する必要があるとする点において、立法当時の社会状況をいかに勘案したとしても、正当とはいえ」ず、「そのような立法目的の下で特定の個人に対して生殖能力の喪失という重大な犠牲を求める点において、個人の尊厳と人格の尊重に著しく反する」として、旧優生保護法の優生手術に関する規定は憲法第13 条(自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を保障)および第14 条(法の下の平等)に違反し違憲であるとし、さらに、同規定に係る国会議員の立法行為は、国家賠償法の適用上違法であると判決した。
 この判決を受けて、2024(令和6)年10 月8 日に議員立法により全会一致で成立した旧優生保護法補償金等支給法第33 条により検証会議の設置が決まり、2025(令和7)年10 月1 日に旧優生保護法問題に関する検証会議の作業が開始された。


3 優生思想とは何か

 石川准によれば、「劣性な遺伝的特性の再生産を阻もうとする『優生学』及び、障害者に価値ある人生を送ることはできないとする価値観の『エイブリズム』を背景」とするのが優生思想であるという。優生思想は、「優生学的思想」と「エイブリズム(障害者差別主義)」という2 つの側面から成り立っており、これらはともに人間の価値を一部の基準に基づいて評価し、差別を正当化する考え方とされる。優生学的思想は、主に遺伝的要因に基づいて人々を分類・差別し、エイブリズムとは障害をもつこと自体を「劣った状態」とみなす社会的態度とされる1
 「優生学(eugenics)」はダーウィンの従兄弟であったフランシス・ゴルトンが1882 年の自著で説いたのが最初とされる。市野川容孝によれば、「人間のライフサイクルの中で出生という局面に焦点をあて、環境ではなく遺伝を重視する。20世紀の半ばまでは、その具体的実践として『良き』遺伝子資質をもつ男女の婚姻や子づくりが推奨され、逆に『悪しき』資質をもつとされた人びとの婚姻制限、さらにはそうみなされた人びとに対する不妊手術が提唱された2」という。
 旧優生保護法のモデルになったと思われるのが、ナチス政権が1933 年に制定した「遺伝病子孫予防法」である。同法第2 条は、不妊手術について、「申請権を有するのは、不妊手術を受ける本人である」と明記するが、他方で本人に行為能力が期待できない場合は、法定代理人、官医、また本人が病院その他の施設に収容されている場合にはその長が、本人に代わって申請できると規定していた。そして第12 条は、「[遺伝健康] 裁判所が、不妊化の決定を最終的に下した場合は、不妊手術を受ける者の意思に反してでもこれを行うことができる」と規定していた。自立的な個人には自由を認めるが、他人の理性に依存しなければならない者には強制という二重構造が採られていた3。まさしく冒頭で紹介した旧優生保護法の建付けと同じである。
 ただし、こうした優生思想は、全体主義体制の国のみの問題ではなかった。米国では、ドイツよりはるか以前に1907 年のインディアナ州を皮切りに多くの州で断種法が、ヨーロッパでは1928 年にスイスのボー州で初の断種法が、その後、デンマーク(1929 年)、スウェーデン(1934 年)、フィンランド(1935 年)と次々と断種法が制定されていった4。福祉国家と称される国々によっても、優生政策は実践されていたのである。


4 検証会議への期待

 個人の尊厳を定めた日本国憲法の下で、旧優生保護法に基づいて本人の同意なく不妊手術や人工妊娠中絶などの優生手術が行われ、障害者やハンセン病患者に対する大規模な人権侵害が行われた事実につき、実際にどのようなことが起こったのかを検証する検証会議の発足とその作業は重要である。
 たしかに戦後80 年を経て、日本において抽象的な「人権」概念は定着してきたが、個々の人権侵犯事例という具体的な文脈において、被害者の人権は常に守らなければならないという考えが日本社会に定着しているかといえば、疑問なしとしない。
 個人は人権の享有主体であるという権利概念の考えが十分に定着していない日本社会において、「権利を主張しすぎる」などと攻撃する人々が多い現状を見ると、人権概念の定着に悲観的な気分にもなるが、私たちはそうした風潮に抗い、民主義体制下において生じた大規模人権侵犯の事例に誠実に向き合い、被害にあった個人が持つ人権の大切さを訴えていく必要がある。


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1 詳しくは、長瀬修「旧優生保護法最高裁判決:総括所見と優生思想」『福祉労働』176 号(2024 年11 月)162 - 163 頁参照。
2 市野川容孝「反優生と障害学―優生保護法の真の撤廃に向けて」『障害学の展開―理論・経験・政治(障害学研究)』(明石書店、2024 年)12 頁。
3 市野川容孝「優生思想の系譜」石川准・長瀬修編『障害学への招待』(明石書店、1999 年)148 - 149 頁。
4 同上153 頁。





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