移住者と人権プロジェクト

退去強制手続きと強制失踪条約 事例紹介(未定稿)

  • 0001
  • 2021年04月15日

立命館大学名誉教授 薬師寺公夫

強制失踪条約第16条のノン・ルフールマン原則の強制失踪委員会による最初の適用事例 E.L.A.対フランス(No. 3/2019)2020年9月25日見解(通報日2018年9月24日) 出典CED/C/19/D/3/2019―

1.判例紹介にあたって

強制失踪条約第16条(ノン・ルフールマン)は、次のように定める。

「1.締約国は、ある者が強制失踪の対象とされるおそれがあると信ずるに足りる実質的な理由がある他の国へ当該者を追放し、若しくは送還し、又は当該者について犯罪人引渡しを行ってはならない。

2.権限のある当局は、1に規定する理由の有無を決定するに当たり、すべての関連する事情(該当する場合には、重大、明らか若しくは大規模な人権侵害又は国際人道法の著しい違反についての一貫した傾向が関係する国において存在することを含む。)を考慮する。」

 周知のように、日本の出入国管理及び難民認定法(以下入管法)の第53条(送還先)は、1項で「退去強制を受ける者は、その者の国籍又は市民権の属する国に送還されるものとする」と定めるが、これらの国に送還することができないときには、本人の希望により、送還する国を2項で列挙している。他方3項は、退去強制をしてはならない国について、次の国を掲げている。

「一 難民条約第三三条第一項に規定する領域の属する国(法務大臣が日本国の利益又は公安を著しく害すると認める場合を除く。)

二 拷問及び他の残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱い又は刑罰に関する条約第三条第一項に規定する国

三 強制失踪(そう)からのすべての者の保護に関する国際条約第一六条第一項に規定する者」

 紹介者は、以前に、「ノン・ルフールマン原則に関する拷問禁止委員会および自由権規約委員会の先例法理」[1]と題する論文において、入管法の同条項に関連した日本の国内裁判所の最近の判例動向を紹介するとともに、ノン・ルフールマン原則の適用はこれらの条約だけでなく、日本が条約当事国となっている自由権規約(特に第6条の生命についての権利、第7条の拷問等の禁止)の下でも問題になること、また難民条約第33条の場合と異なり、拷問等禁止条約及び自由権規約の場合には法的拘束力のある判決ではないが条約実施機関が存在し、個人通報事件を通じてノン・ルフールマン原則の適合性が審査されていることを指摘し、拷問禁止委委員会および自由権規約委員会が国家報告審査手続および個人通報審査手続を通じて実際にどのようにノン・ルフールマン原則を解釈・適用してきているのかを分析した。しかし、この論文の段階では、上記入管法第53条3項三の強制失踪条約第16条については、未だノン・ルフールマン原則に関する強制失踪委員会の個人通報事例は存在していなかった。紹介者は、拷問等禁止条約と同様に強制失踪委員会においても個人通報事例の相当部分がいわゆる欧米の先進諸国における退去強制手続および犯罪人引渡し手続におけるノン・ルフールマン原則に関連した事例になるのではないかと考えている。その最初の事例に該当する個人通報事件がフランスで発生し、強制失踪委員会は2020年9月25日の見解で、第16条を解釈適用し、フランスの同条項違反を認定した。

 この登録研究チームでは、科学研究費の基盤研究Bによる助成を受けて人の移動と人権について研究を進めているが、出入国管理は、その検討対象の中の柱の1つを構成している。そこで、ノン・ルフールマン原則に関する強制失踪条約第16条の解釈・適用に関連した最初の強制失踪委員会の事例を紹介することには、同条項に関する同委員会の先例法の形成という視点からみても重要であると考えて、紹介することとした。なお後の若干の事例も待ってまとまった形で判例評釈または論文にまとめていくことを考えているが、とりあえずは未定稿として本事例紹介を掲載する次第である。


[1] 薬師寺公夫「ノン・ルフールマン原則に関する拷問禁止委員会および自由権規約委員会の先例法理」平覚・梅田徹・濱田太郎編代『国際法のフロンティア 宮崎繁樹先生追悼論文集』(日本評論社、2019年)、101-152頁。

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