エキスパートコメント

プロ責法から情プラ法へ ―インターネット上の誹謗中傷対策の新局面

2024年07月24日

(公財)世界人権問題研究センター
プロジェクトチーム1リーダー
曽我部 真裕

1.「情プラ法」の成立

 2024510日の参議院本会議で、従来「プロバイダ責任制限法」、さらには「プロ責法」と通称されてきた「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」の改正法が成立した。プロ責法は2021年にも重要な改正が行われているが、今回は、法律の名称そのものが「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(通称は「情報流通プラットフォーム対処法」、「情プラ法」)に変更されることに示されているように、より大規模なものである。以下では改正前の法律をプロ責法、改正後のものを情プラ法と呼ぶこととする(ただし、情プラ法にも従来のプロ責法の条文は維持されており、それに今回紹介するような規定が加わったということである。)。
 今回の改正は、20205月に起こったリアリティ番組出演者の誹謗中傷が原因と見られる自死事件を契機に誹謗中傷問題に社会的注目が集まり、法改正を含む様々な政策がとられてきた流れの一つの到達点であり、また、新局面ともいえる点で重要である。
 本稿では、これまでの政策を簡単に振り返り、その後、情プラ法の概要を紹介することとしたい。

2.インターネット上の誹謗中傷問題に関するこれまでの政策

 インターネット上の誹謗中傷問題は、90年代末にインターネット利用が一般化するのと同時に発生した。もっといえば、それ以前のパソコン通信の時代から、訴訟となる事案が出てくるなどしており、古くから存在するものである。これに対応して、2001年にはプロ責法が制定されているが、その後は大きな政策的展開は見られなかった。
 ところが、20205月に、前述の通り、リアリティ番組「テラスハウス」に出演していたプロレスラーが、番組内での言動をきっかけにSNS上で誹謗中傷を受け、自死するという痛ましい事件が起こった。この事件に社会的注目が集まり、政治的にも重要課題として取り上げられることとなった結果、関係省庁や業界において様々な対策が進んだ。
 法改正にまで結びついたのは2021年のプロ責法の改正と、2022年の侮辱罪の法定刑引き上げ(厳罰化)である。前者は、発信者情報開示請求の手続を一定程度簡素化するものである。これにより、誹謗中傷等の権利侵害の被害者が、匿名でなされた加害者の身元を調査しやすくなり、損害賠償請求訴訟を提起するなどして法的な責任を追求することが容易となるよう期待された。実際、改正後は発信者情報開示請求の件数が増加しているようであり、一定の効果があったものと考えられる。
 後者の侮辱罪法定刑引き上げは、従来、侮辱は刑法によって犯罪だとされていたものの、その法定刑は拘留(30日以内の身体拘束)又は科料(1万円未満)という非常に軽いものにとどまっていた。これを1年以下の懲役・禁錮又は30万円以下の罰金・科料に引き上げ、抑止効果を高めようとするものである。その後、組織内での性暴力を告発した元女性自衛官やジャニーズ事務所での性被害を告発した元タレントを、ネット上で中傷した者が侮辱罪で略式起訴されるなど、注目を集める事案で誹謗中傷が犯罪として立件、処罰されている。
 これら法改正に結びついたもののほか、国や地方公共団体において教育啓発や相談体制の整備拡充がなされたり、事業者や事業者団体の取組も進展した。
 上記の法改正に戻ると、これらは、一つ一つの誹謗中傷投稿を削除させたり法的責任を問うたりするための、いわばミクロな対策に関するものである。こうした対策が重要であることは言うまでもないが、他方で、これまで挙げたような事例では多数の誹謗中傷(あるいは誹謗中傷とまではいえないが不快な投稿)が殺到して被害者が大きなダメージを受けるといった事態となっているが、こうしたものには対応困難である。なぜなら、投稿に一つ一つ対処するには膨大な手間と費用を要するので、現実には特に悪質なものに絞り込まざるを得ないからである。
 この点に一定の対応を試み、いわばマクロの観点からの対策を行う新局面を開いたのか、情プラ法である。

3.情プラ法の制定経緯と概要

 情プラ法に盛り込まれた内容を検討したのは、総務省の「プラットフォームサービスに関する研究会」(以下、「PF研」という。)である。PF研は、それまでも誹謗中傷対策に関する総務省での検討において中心的な役割を担ってきたが、その集大成とも言いうるものが、2024年一月の「プラットフォームサービスに関する研究会第三次とりまとめ」(以下、「第三次とりまとめ」という)である。
 第三次とりまとめでは、プラットフォームサービス事業者(誹謗中傷問題の文脈では特にSNSの運営事業者が念頭に置かれている。)の利用規約に基づく削除の迅速化、透明化に焦点が当てられた。プロ責法によって間接的に促進が図られていたのは、法的義務に基づく削除であるが、それとは別に、事業者自ら定める利用規約で禁止事項とされている投稿を削除することも実際には広く行われている。第三次とりまとめはこの部分に注目し、その実効性を向上させるための検討を行った。
 その具体的な内容は成立したプロ責法改正法、すなわち情プラ法に反映されているので、次にその点の紹介に移る。図( https://www. soumu .go. jp /main_content/000931474.pdf)にある通り、まず、①大規模プラットフォーム事業者を指定し、②それに対して権利侵害情報の削除申出対応の迅速化のための体制整備等、及び③運用状況の透明化のための措置を義務付けることが柱となる。

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.情プラ法の具体的内容

 情プラ法は、大規模プラットフォーム事業者(以下、「大規模PF」という。)を指定して、様々な義務を課している。義務への対応にはコストがかかり、中小事業者には過度の負担となりうることや、被害が大きくなるのは主に大規模事業者であることから対象が限定されている。大規模PFに当たるかどうかの基準は具体的には総務省令で今後定められることになるが、ユーザー数や投稿数によって判断されることになる。
 大規模PFに課される義務は、大別して対応の迅速化に向けられたものと、運用状況の透明化に向けられたものとがある。
 まず、対応の迅速化に向けられた義務としては、削除申出窓口や手続の整備・公表、十分な知識経験を有する者の選任等を含む削除申出への対応体制の整備、削除申出に対する判断を原則として一四日以内の総務省令で定める期間内に申出者に通知することなどがある。
 第三次とりまとめでは、迅速化を求める必要性として、次のように述べられていた。プラットフォームは、情報交換や意見交換の場として有効であるものの、誰もが容易に発信し、拡散できるため、違法・有害情報の流通が起きやすく、それによる被害や悪影響は即時かつ際限なく拡大し、甚大になりやすいことから、プラットフォーム事業者は迅速かつ適切に削除を行う等の責務があると考えられる。
 次に、運用状況の透明化に向けられた義務としては、削除基準の策定・公表、削除した場合の発信者への通知といったものがある。大規模PFは、法律上の義務として削除する場合などのほかは、削除基準にあらかじめ規定されている場合にしか削除を行うことができないこととされた。
 第三次とりまとめでは、透明化を求める必要性として、次のように述べられていた。プラットフォーム事業者の利用規約等に基づく削除等に関しては、特に海外事業者においては、ポリシーがグローバルに適用される前提で作成されていることもあり、削除等の基準が日本の法令や被害実態に即していないとか、事業者による削除等の基準が不透明であるとかいった指摘がされており、透明化が求められていた。
 これらの義務の履行を担保するために、大規模PFは、削除申出の受付状況、申出者や発信者に対する通知の状況などを毎年一回公表しなければならない。さらに、総務大臣に報告徴収、勧告、命令の権限が与えられており、届出・報告の義務違反や命令違反に対しては罰則が定められている。

5.情プラ法の意義と限界

 情プラ法は、従来の誹謗中傷対策に関する法律が個々の投稿の削除や法的責任の追及といったミクロの対策に集中していたことに対し、大規模PF側の対応体制の整備を求める点においてマクロの対策に踏み出そうとするもので、新局面を開くものといえる。
 とはいえ、申出なしにプラットフォーム事業者が削除することももちろん可能ではあるが、結局は一つ一つの投稿に対して削除の申出があることを基本的には前提としている点でミクロの対策の色彩も色濃く、マクロの対策としては初歩的なものである。これに対し、情プラ法制定過程でも参考にされたEUのデジタルサービス法は、誹謗中傷等の権利侵害情報への対策に限らず偽情報や青少年有害情報をも対象としており、また、プラットフォームサービス上での情報流通のメカニズムを把握して能動的な対応をとることを求めるなど、より立ち入った規律を行っている。
 情報空間の問題状況の変化は速い。情プラ法の運用状況を見守りつつ、デジタルサービス法その他の外国立法の動向にも留意をし、今後も、状況に適した規律のあり方を適時に行っていく必要があろう。

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