エキスパートコメント
子どもの課題の早期発見から支援へ:学校組織の課題と教育DXの可能性
2025年01月24日
(公財)世界人権問題研究センター
プロジェクトチーム3リーダー
山野 則子
1)子どもに生じている問題と学校組織の課題
子どもの問題は、児童虐待やいじめとセンセーショナルに様々に存在するが、現在どこの自治体も第一に挙げるのは、2020年コロナ発生以降の子どもの不登校問題である。コロナ前に比べ増加し続け、2020年以前に比べ約15万人増加した。かつ一昨年は、この不登校の子どもに専門家が関わっていない割合が4割もあると報告された。児童虐待問題も事件として報道される事案は、なぜ気づけなかったのかと毎回学校や教師に視線が向けられる。
しかし、これらのことは、そもそも学校の組織や運営が、日本的な学校組織の特徴である鍋蓋型学校組織とその理論的支柱であったルース・カップリング理論(Weick1976)の強い影響を受けてきたことにも関連する。ルース・カップリングとは,人や組織の結びつきが緩やかなことを指す。学校の目標や教育活動等は、教師や児童生徒、置かれている環境等により非定型的で状況依存的にならざるを得ず、学校の教育活動は、予測と評価が困難であるとして、不確実性、不測性を伴う。この理論は、教員の専門的裁量の保障と個々の教員が柔軟に多様に対応することでそうした不確実性、不測性を縮減できると主張するものであった(小川2010)。しかし、この形式はそれこそ1990年代以降の教育を受けた若者が教師になっていくなかで、困難を抱えたときに組織がバックアップするのではなく、個人が抱え込まざるを得ない状態を作っている(山野2018)。
これまで行われてきた教育改革においては、フラットな鍋蓋組織からヒエラルヒーを持つ官僚組織へと再編成され、教師の学校業務上の役割分担が明確化されるようになった(油布・紅林2011)と指摘されている。しかし、問題が多様で複雑化している今日、学校はすでに聖域ではなく、社会問題が降ってこないことはない。そのなかで学校だけがピラミッド組織でなく、鍋蓋組織のままで耐えうるのか。同職種の同僚性が重視され、指揮系統のラインがないなかでは、教師1人で無防備にさらされる、組織として守られない。
児童相談所や福祉事務所でも、かなりの複雑な事例と対峙することは多々ある。夜中に呼び出され対応することもある。しかし、係員、係長、課長代理、課長、所長代理、所長と指揮系統ラインが明確な組織であるため、多忙でも誰かと相談したり同行したりすることができ、1人で判断、行動することはない。報告や決済を回すラインは共同体で、1職員が抱え込むことはない。それに対して学校は、決裁はなく、記録を書くことは職務ではないため、毎日の子どもや家庭の気になることを報告するすべがない。状況を詳細に知る人は1人の教師(主に担任であるが)だけになる。管理職(校長・教頭)に報告をすればよいということであろうが、中間管理職の存在がないため、多忙な管理職に気軽に伝えられないまま問題を抱える教師は多々いる。組織は、管理のためだけではなく、職員を擁護するために存在するはずである(山野2018)。
こういった学校組織に、さらに現在、教師の不足や多忙化が課題になっている。背景にある、歴史や学校文化が仕事を無限化、拡散させてきた経緯もある。ゆえに、教師の働き方改革のポイントは、単純に仕事量についての議論では前に進まない。簡単に仕事を切り分けて移行するという方法ではなく、根本的な価値の議論、組織変革が必要である。
2)データ連携の広がり
教師の負担軽減のためにも潜在的ニーズのある子どもを誰一人取り残さずに拾うためにもデータ連携は有益である。ことが大きくなる前に拾う予防的支援において必要である。しかし、予防的支援における不可欠な専門職間連携は、全く不十分といっても過言ではない。
そこで、デジタル庁まで作り上げた国の動きを追ってみる。2019年野田市のいじめ事件をきっかけに国会で対応策が議論され、本研究室で開発したスクリーニングシステム(のちにYOSS®と命名)が話題に挙がった。2020年3月とコロナ発生後すぐの5月に文科省から全国教育委員会にスクリーニングを活用するよう通知がなされ、ホームページに紹介された。さらに2021年度「貧困状態の子供の支援のための教育・福祉等データ連携・活用に向けた調査研究」(内閣府2022)が実施され、「オンライン学習システムのデータ等を活用した教育データの共通項目に関する調査研究報告書」(文部科学省2022b)にあがるなど、YOSS®スクリーニングについてもたたき台となってデジタル庁に引き継がれた。こども家庭庁設立のための「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針」にも引き継がれている。
デジタル庁では、「こどもに関する情報・データ連携副大臣プロジェクトチーム」で議論され、ようやく閣議決定文書「デジタル社会の実現に向けた重点計画」の中で、データ連携の必要性が認識され、2022年に実証実験が開始され、現在こども家庭庁に引き継がれた。
データ連携は、一言でいうと、複数の情報源に散在する子どもやその家庭に関する状況や支援内容に係る情報をデジタルデータとして一元管理し、データからシグナルをキャッチし、困難を抱え支援が必要な子どもの発見に繋げる仕組みである。データが網羅的・一元的・横断的に共有されることで、今まで気づけなかった要支援児童の発見、虐待・自殺等重大事件が起きる前の早期発見が期待される。
文科省に話を戻すと、福祉と教育のデータ連携の前に、校務支援と学習支援のネットワーク、学校と教育委員会が繋がらない、などの課題も大きく、ようやくその改善に動き出した。
3)イギリスの例
先進しているイギリスではどうだろうか。2004年に子ども法が制定され、教育と福祉の統合が進んだ。2003年に公表されたイギリスの政策提言書「エブリ・チャイルド・マターズ (Every child matters)」を機に、子ども法が制定され、自治体や中央政府において、教育部門と福祉部門が統合され、子どもと家庭への普遍的・介入的サービスなどを含む政策が大きく変化した。その背景には、日本同様に、行政組織が縦割りだったため、児童虐待等の事案の解決が遅れ、子どもが犠牲になったことを受け、行政が一元化することになった。地方自治体の子どもサービス局長は(日本でいう教育長)、教育領域よりも福祉領域の出身者が多い傾向にある。教育福祉のセッションには、就学前・初等・中等教育、特別支援教育、成人教育、青少年育成、コミュニティ教育、家庭支援、ユースセンター、青少年犯罪等と幅広く取り組まれている。また、教育と福祉の統合によって、学校ではエクステンディッド・スクール(現在エクステンディッド・サービス)として教育をするだけの場所のみならず、福祉と関連した子ども食堂、学童保育、就労支援も含め取り組んでいる。
そして、イギリスでは、同時に、教育省が全国児童生徒データベース(National Pupil Database, NPD)を整備している。NPDはいくつかのモジュールを統合したもので、主なものは、①学校予算の配分額算定のためのスクール・センサス、②学校の教育成果を示す学力調査のデータベースである。公立学校の児童生徒一人一人の個票データが集積されていることが最大の特徴で、個人ID によりNPDのモジュール間及び他のデータベースとの統合が可能であり、それぞれの目的に加え政策立案や研究にも用いられている。まさにデータ利活用であり、エビデンスに基づく評価に当たり前に活用されている(M.A. Jay et al 2018)。
またイギリスでは、エクステンディッド・サービス(当初、エクステンディッド・スクール)として新たな政策を展開させ継続するために、効果を測るのは当然であり、そのためのデータ連携が推進部署は違っても、一体的に進行されている。
4)データ活用の意義
日本では、政府により、いくらデジタル化が進行しても、学校現場では平等性や公平性の観点から、すべての子どもへの学習コンテンツには使用されても、教師が日常的に生活課題を見ているにも関わらず、子どもの生活支援に使用する発想には至らない。また、スクリーニングやデータ連携は、学校現場でのデジタル知識不足による抵抗感は大きく、知らないことへの負担感から子どもの最善の利益のための仕組みであるという認識に至らない。
子どものサインに気づくには、前半に挙げた学校組織の課題を解消することである。その方法に校内データ連携させるスクリーニングYOSS®を例に挙げて説明してきた。つまり、単にスクリ―ニングの話だけではなく、今までできなかった組織決定を作り上げ、教師の抱え込み解消するという学校の体質を改善させることができるのではないかと考える。
<文献>
小川正人(2010)『教育改革のゆくえ――国から地方へ』ちくま新書.
M.A. Jay et al. (2018) Data Resource: the National Pupil Database (NPD), International Journal of Population Data Science, 4:1:08.
山野則子(2018)「学校プラットフォーム」有斐閣.
油布佐和子・紅林伸幸(2011)「教育改革は、教職をどのように変容させるか?」『早稲田大学大学院教職研究科紀要』3, 19-45.
Weick, K. E.(1976)Educational organization as loosely coupled system, Administrative Science Quarterly, 21, 1-19.