エキスパートコメント

ロシアのウクライナ侵攻を「平和と人権」の観点から考える

2022年04月21日


(公財)世界人権問題研究センター所長 坂元 茂樹

ロシアによるウクライナ侵攻

 2022年2月24日、ロシアによる「特別軍事作戦」と称するウクライナ侵攻が始まった。ロシアは、その3日前の同月21日、親ロシア派がドネツク州とルハンシク州の一部を実効支配する地域の国家承認を行った。
 翌25日、国連安全保障理事会(以下、安保理)において、米国とアルバニアによって共同提案された、ロシアの侵略はいかなる国の領土保全又は政治的独立に対する武力による威嚇又は武力の行使を禁止する国連憲章第2条4項に違反すること、ロシアはウクライナに対する武力行使を即時に停止し、すべての軍隊を即時、完全、無条件に撤退させること、2月21日のロシアの決定[国家承認]はウクライナの主権及び領土保全に違反し、即時かつ無条件に同決定を撤回することを内容とする決議案は、ロシアの拒否権行使によって否決された。ロシア以外の理事国は11カ国が賛成し、3カ国(中国、インド、アラブ首長国連邦)が棄権した。
 ロシアのネベンジャ(Nebenzia)国連大使は、反対票を投じた理由を、「決議案は、8年以上にわたり、悲劇を経験しているウクライナの人々の利益に反しており、2014年のクーデターにより権力を握ったキーウ政権はドネツクとルハンシクの人々を爆撃しており、ウクライナはミンスク合意を履行していない」などと述べ、大量虐殺を受けている人々を守ることだと説明した。ここでいう人々とは、ウクライナ東部にある「ドネツク人民共和国」及び「ルハンシク人民共和国」の独立を宣言しているドネツク州とルハンシク州の「ロシア系住民」を指す。
 今回の軍事侵攻に対し、ネベンジャ大使は、「国連憲章第51条に基づき決定した」と説明する。国連憲章第51条は、「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と規定し、加盟国による個別的・集団的自衛権の行使を認めている。ロシアのロジックによれば、ロシアが国家承認したドネツクとルハンシクの両人民共和国からの軍事支援の要請を受けたので、承認時にロシアとの間で締結した協力協定に従って集団的自衛権に基づき軍事支援を行ったということになる。また、個別的自衛権で正当化しようとすると、「自国民」保護のための個別的自衛権に基づく武力行使となる。
 ロシアは、その周辺国への軍事介入に際して、しばしば「ロシア系住民」の保護を名目にしてきた。2008年のグルジア(現ジョージア)紛争では、親ロシア派の南オセチア共和国とアブハジア共和国のロシア系住民の保護を理由に軍事介入し、両国の独立を一方的に承認した。確かにロシアは、2008年の時点で90%近くの住民に自国のパスポートを付与していたが、それが、国際法が要求する現実かつ実効的な国籍の要件を満たしていたかどうか疑わしい。

ロシアのウクライナ侵攻に対する国連の対応

 ロシアは、今回の「特別軍事作戦」の目的について、ウクライナの「非軍事化と中立化」あるいは「非ナチ化」を挙げている。しかし、ウクライナにおけるナチズムはそもそも現実には存在せず、「ロシア系住民」の保護を必要とするようなウクライナによる攻撃も存在しなかった。今回のロシアの軍事侵攻を正当化する事態は何ら存在しない。
 安保理決議が採択できなかったことで、安保理の要請で2月28日に国連総会緊急特別会合が開催された。同特別会合は、3月2日、16項目からなる「ウクライナに対する侵略」と題する決議(A/RES/ES-11/1)を、193カ国の加盟国中、賛成141カ国、反対5カ国(ロシア、ベラルーシ、シリア、北朝鮮、エリトリア)、棄権35カ国(中国、インド、イランなど)で採択した。本決議は日本を含む共同提案国96カ国、共同提案国以外の賛成国45カ国という圧倒的多数で採択された。国際世論のフォーラムとしての国連総会は、ロシアによる力による現状変更の試みに対して明確に「否」を突きつけた。
 その後、国連総会緊急特別会合は、2022年3月24日に、ロシア軍によるウクライナの人口が密集した都市、特にマリウポリの包囲、砲撃及び空爆を含む敵対行為におけるジャーナリストを含む文民や民用物、特に学校や医療用施設、輸送手段への攻撃や地方の首長の誘拐など、「国際人道法のすべての違反及び人権の違反や虐待を非難し、1949年のジュネーヴ諸条約及び1977年のジュネーヴ第一追加議定書をすべての武力紛争当事者が厳格に尊重することを要請し、適用可能であれば、追放送還の禁止原則を含む国際人権法及び国際難民法を尊重することを要請する」(9項)ことを含む、「ウクライナに対する侵略の人道的結果」と題する決議(ES-11/2)を採択した。

国連人権理事会におけるロシアの追放決議

 国連人権理事会は、こうしたロシア軍の行動に対して、2022年3月4日、ロシアのウクライナ軍事侵攻で起きた人権侵害に関する独立した国際調査委員会の設置をめぐる決議案を、47カ国の理事国中で賛成32カ国、反対2カ国(ロシアとエリトリア)、棄権13カ国(中国、ベネズエラ、キューバなど)で採択した。当然のことながら、この調査委員会は迅速に設置される必要があるが、実際に設置されて調査を開始するまでに、ウクライナの戦況次第で実効的な調査ができるかどうかという問題が生じるであろう。ウクライナの現政権は調査に協力的態度をとるであろうが、ロシアは今回のウクライナ侵攻で支配した地域の実地調査を認めない可能性がある。
 2022年4月3日、ウクライナの検察当局は、ロシア軍が撤退した後のブチャを含むキーウ近郊の複数の地域で民間人410人の遺体を発見したと述べた。ウクライナのゼレンスキー大統領は、「ジェノサイド」と批判し、クレバ外相は、ロシアによる戦争犯罪の証拠を集めるようICCに要請したと述べた。また、グテーレス国連事務総長も、ウクライナのブチャで殺害された文民の映像は大きな衝撃であり、効果的な説明責任を果たすような独立した委員会の調査が不可欠であると述べた。米国のバイデン大統領は「ジェノサイド」とロシアを非難したが、ドイツやフランスは「ジェノサイド」の認定に慎重である。
 ジェノサイド条約第2条は、ジェノサイドの定義として、「集団殺害とは、国民的、民族的、人種的又は宗教的な集団の全部又は一部に対し、その集団自体を破壊する意図をもって行う次のいずれかの行為をいう」として、「(a)集団構成員を殺害すること。(b)集団構成員の身体または精神に重大な害を与えること。(c)集団の全部又は一部に対し、身体的破壊をもたらすことを意図した生活条件を故意に課すること。(d)集団内部の出生を妨げることを意図する措置を課すること。(e)当該集団の児童を他の集団に強制的に移すこと」の5つの行為を規定する。この「意図」の要件がジェノサイドの認定を困難にする。
 実際、これまでジェノサイドと認定されたのは、ルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)のアカイェス事件判決(1998年9月2日第一審裁判部判決)でのルワンダの大虐殺(1994年)、旧ユーゴ国際刑事裁判所(ICTY)のクルスティッチ事件判決(2001年8月2日控訴審判決)でのスレブレニツァの虐殺(1995年)の2例に過ぎない。
 ロシア軍による民間人への攻撃の事態を受けて、2022年4月7日、米国やEU加盟国などは、国連総会緊急特別会合において、2006年3月16日の国連総会決議60/251の「人権理事会設置決議」第8項の「総会は、出席しかつ投票する三分の二の多数により、重大かつ組織的人権侵害を行う理事国の理事国としての権利を停止することができる」との規定に基づき、人権理事会の理事国であるロシアの資格停止を求める決議案を提出した。同決議案は、賛成93カ国(米国、ウクライナ、日本、EU各国など)、反対24カ国(中国、北朝鮮、イラン、ベラルーシ、シリアなど)、棄権58カ国(ブラジル、インド、メキシコ、タイなど)、無投票18カ国で採択された。賛成国が伸びなかった背景には、棄権に回ったブラジルやメキシコなどが、残虐行為の疑惑に関する独立した委員会の調査結果を見て判断したいとの考えを表明したからである。なお、第8項による資格停止の決議は、2011年3月のカダフィ政権当時のリビアに対する決議以来2度目である。
 採択された決議は、「ロシア連邦の人権理事会における理事国の権利を停止することを決定する」(1項)とともに、「この問題を適宜見直すことも決定する」(2項)としていたが、ロシアは、この決議に反発し、国連人権理事会からの脱退を表明した。

ロシアによる国際人道法違反

 2022年のロシアのウクライナ侵攻でわれわれが目撃しているように、戦争は無辜の人々を襲う。従来の戦争法や武力紛争法に代わり、国際赤十字(ICRC)が1971年の「国際人道法の再確認と発展」に関する政府専門家会議で「国際人道法」という用語を用いて以来、国際人道法の考え方が、多くの国の間で定着するようになった。ICRCの説明によれば、国際人道法は「ジュネーヴ諸条約のみならず、人道的理由から敵対行為、兵器の使用、戦闘員の行動及び復仇の使用において遵守されるべき制限を定めた条約又は慣習法の諸規則、並びに、それらの諸規則の適切な適用を確保するための諸規範を含む」と定義される。1977年のジュネーヴ第一追加議定書及び第二追加議定書は、それを条約化したものである。
 かつて空戦規則案は、爆撃の目標として、「空中爆撃は、軍事的目標、すなわち、その破壊又はき損が明らかに軍事的利益を交戦者に与えるような目標に対して行われた場合に限り、適法とする」(第22条1項)としながらも、「陸上軍隊の作戦行動の直近地域においては、都市、町村、住宅又は建物の爆撃は、兵力の集中が重大であって、爆撃により普通人民に与える危険を考慮してもなお爆撃を正当とするのに十分であると推定する理由がある場合に限り、適法とする」(同条4項)と規定し、文民の生命権よりも国家の軍事的利益(国家利益)が優先されていた。
 しかし、ベトナム戦争後に締結された第一追加議定書は、「軍事行動を行うに際しては、文民たる住民、個々の文民及び民用物に対する攻撃を差し控えるよう不断の注意を払う」(第57条1項)と規定するとともに、「攻撃については、その目標が軍事目標でないこと若しくは特別の保護の対象であること、又は当該攻撃が、予期される具体的かつ直接的な軍事的利益との比較において、巻き添えによる文民の死亡、文民の傷害、民用物の損傷若しくはこれらの複合した事態を過度に引き起こすことが予測されることが明白となった場合には、中止し又は停止する」(同条2項(b))と規定し、軍事的利益(国家利益)よりも文民の生命権(人権)を尊重する姿勢に転換している。
 ロシアが締約国であるジュネーヴ第一追加議定書(1977年)が定める、「紛争当事者は、文民たる住民及び民用物を尊重し及び保護することを確保するため、文民たる住民と戦闘員とを、また、民用物と軍事目標とを常に区別し、及び軍事目標のみを軍事行動の対象とする」(第48条)や「危険な力を内蔵する工作物及び施設、すなわち、ダム、堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない」(第56条)に違反する戦闘行為がロシア軍によって行われている。今では、禁止されている生物兵器・化学兵器の使用でさえとりざたされている。こうした行動により、人権の中でも最も重要とされるウクライナの文民の生命権が奪われている。
 2022年4月13日、欧州安保協力機構(OSCE)は、ロシア軍のウクライナ侵攻に伴う「国際人道法と国際人権法、戦争犯罪及び人道に対する罪の違反に関する報告書」を公表し、ロシア軍によるマウリポリの産科病院に対する攻撃を「明確な国際人道法違反であり、責任者は戦争犯罪を行った」と認定するとともに、婦女子が避難していた劇場への空爆も「国際人道法の重大な違反の可能性が非常に高く、命令者や実行者は戦争犯罪を行った」と認定した。

普遍的価値としての平和

 人間が戦争その他の恐怖にさらされることなく、平和のうちに生きる権利を持つべきだとの議論の先駆けとなったのは、米国のフランクリン・ルーズベルト大統領による「4つの自由」と題する議会演説(1941年)である。彼は、この演説の中で、軍縮とどの国も隣国へ侵略行為を行わないことを内容とする「恐怖からの自由」を人間の主要な自由の一つとして提起した。
 第二次世界大戦後に設立された国連憲章の前文は、「われらの一生のうち二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、......このために......善良な隣人として互いに平和に生活」することを誓った。しかし、われわれは、その前提が崩れてしまったことを目撃している。
 少し古い数字になるが、2022年3月20日現在、グランディ(Filippo Grandi)国連難民高等弁務官によれば、ロシアによるウクナイナ侵攻によって、約4,200万人のウクライナの人口の4人の1人に当たる1,000万人が避難を強いられ、約339万人が国外に逃れ、650万人が国内避難民となっているという。これらの人々が、恐怖及び欠乏からの自由を奪われていることはいうまでもない。また、マウリポリ市議会によれば、マウリポリ市民4,500人がロシア側に強制移住され、ウクライナのパスポートを奪われているとの報道もある。仮にこうしたことが事実だとすれば、国際刑事裁判所(ICC)規程第7条(人道に対する犯罪)のいう「住民の追放又は強制移送」(d)に該当し、こうした犯罪に責任を有する者は刑事訴追されることになる。ICC規程が、「重大な犯罪が世界の平和、安全及び福祉を脅かすことを認識し、国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪が処罰されずに済まされてはならないこと」(前文)を謳っていることを忘れてはならない。
 国際社会において国際法は無視されてはならないし、また戦争であっても無秩序ではない。ロシア軍のウクライナにおける振る舞いはあたかも戦争が無秩序な状態であるかのようであるが、彼らの行為は国際人道法に違反する明白な戦争犯罪であってその行為者を不処罰に終わらせてはならない。もしそれを許せば、国連憲章もジュネーヴ第一追加議定書もICC規程もその存在意義を失うからである。

平和を人権の観点から見直す必要性

 ウクライナにおける多数の文民の意図的な殺害を見ていると、自由権規約が定める、「すべての人間は、生命に対する固有の権利を有する」(第6条1項)との規定とその履行確保の重要性が改めて思い起こされる。こうした生命権を脅かされている人々にとっての一縷の望みは、国際人権法の考えに裏打ちされた国際法の存在それ自体である。
 平和の破壊によって影響を最も受けるのは、何よりもまず個人である。国連安全保障理事会は、諸国家間における平和の維持や実現を協議、決定する機関であって、個人の立場や利益が直接に反映される場ではない。
 平和でなければ人権の保障や発展が望めないことは明らかである。平和と人権の関係については、世界人権宣言が、「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び平等で奪い得ない権利を認めることが世界における自由、正義及び平和の基礎をなすものである」(前文)と述べて、人権の保障が平和の基礎と条件であると位置づけた。1968年に開催された第1回世界人権会議で採択されたテヘラン宣言は、「平和は人類の普遍的な熱望であり、平和と正義は人権と基本的自由の完全な実現にとって不可欠である」と述べた。このように、人権と平和の不可分性についてはことあるごとに確認されてきた。平和を人権の視点から見直すことにはそれなりの意味がある。
 2006年に国連総会で採択された「国連平和に対する権利宣言」は、その第1条で、「すべての者は、すべての人権が促進され、保護され、及び発展が完全に実現されるような平和を享受する権利を有する」と規定し、平和を享受する権利をすべての個人が持つとした。もちろん、国連の場でこれを支持してきた諸国の中には、ロシアや中国、北朝鮮などがあり、これらの諸国の欺瞞性は非難されて然るべきであるが、宣言自体の重要性は変わらない。
 同時に、われわれは、2005年9月16日に国連総会で採択された2005年の世界サミットの成果文書で、「我々は、国連憲章の目的と原則に従い、世界に公正で永続的な平和を打ち立てることを決意する」(5項)と誓うとともに、「我々は、平和と安全、発展及び人権が国連体制の柱であり、集団的安全保障と福利の基礎であることを承認する。我々は、発展、平和と安全及び人権は相互に連関し、相互に補強しあうことを承認」(9項)したことを忘れてはならない。
 日本国憲法は、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」(前文)と述べており、先の「国連平和に対する権利宣言」と同じ理念を共有しているといえよう。同時に、恐怖と欠乏から個人を守る「人間の安全保障」を外交の柱とする日本の外交政策にも合致する。われわれは今一度、ロシアのウクライナ侵攻を契機に、平和と人権の関係について真剣に検討する必要がある。

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