エキスパートコメント
日本の第4回普遍的定期審査の成果文書にふれて
2024年01月30日
(公財)世界人権問題研究センター
登録チーム7 代表者
薬師寺 公夫
1.はじめに
2023年1月3日、人権理事会(HRC)の普遍的定期審査(UPR)作業部会(WG)は、パキスタン、パラグアイ、ウクライナを進行役(トロイカ)として日本の第4回審査を実施し、2月3日にWG報告書(議事要約と結論/勧告)を採択した。日本の勧告に対する回答(WG報告書追補)を受けて、HRC全体会は、同年7月10日に成果文書(outcome:WG報告書とその追補、日本の自発的公約、HRC全体会での回答)を採択した。日本審査での発言代表の数と勧告の数は、第1回に42代表、26勧告(支持17、説明9)、第2回に79代表、174勧告(支持117、留意57)、第3回に106代表、217勧告(支持145、留意72)と増加し、第4回は115代表、300勧告(支持180、留意120)に達した。日本政府は、第2回審査以降、①「フォローアップに同意する」、②「部分的にフォローアップに同意する」、③「留意する(又は説明文)」、④「同意しない」の四種に分類して回答し、①と②について自主的フォローアップを行ってきた。もっとも、HCRは、①を「支持」、②から④を「留意」に二分し、①のフォローアップを求める。
2.日本の第四回UPR審査の概要
第4回審査の審査手続も、「同意した勧告の実施及び審査対象国の人権状況の発展」(HRC決議16/21)に審査の焦点が置かれる。国内人権機関(NHRI)にはHRC全体会で審査対象国の直後に発言権が与えられるが、日本にはパリ原則に基づくNHRIがまだ存在しない。
日本の第4回報告書は英文本文で17頁、内容は第4回報告の手引書(Guidance note)に従って、Ⅰ国家報告の準備経過(1頁)、Ⅱ前回支持した勧告のフォローアップ(14頁)、Ⅲ自発的公約の取組状況(1頁)、Ⅳ新たな課題(1頁)で構成された。Ⅱの殆どは「A実施済みの措置」(10頁強)に当てられ、「B一部実施された措置」(1頁半)及び「C他の措置」(2頁弱)は僅かな記載にとどまる。1万7百語の字数制限のため、法令の制定改廃や基本計画策定など実施した事項の列挙と簡単な説明が中心の事実記載とならざるをえず、情報量は限られる。しかし翻訳の限界やピアレビューの制約もあり字数制限緩和や事前質問表に基づく国家報告書への転換は困難であろう。日本報告書に対しては欧米を中心に11ヵ国から事前質問があった。3時間半のWG審査時間(各国の発言時間は140分、115代表に均分すると1代表1分程度)では勧告の実施状況に関する実質審査には無理がある。
WGで採択された300の勧告を検討した日本政府の回答は7月のHRC第53会期開催前に提出され、7月10日のHRC全体会は、15ヵ国の発言と10の利害関係者(NGO等)の一般的発言の後、UPR第4回日本審査の成果文書を最終採択した。なお同年10月のHRC理事国選挙において、日本は2024年から3年間、6期目の理事国に選出された。
3.第3回日本審査のフォローアップ
成果文書は主として審査対象国により実施されなければならず、審査は、特に前回の成果文書の実施に焦点を合わせることになっている(HRC決議5/1)。もっとも、UPRのフォローアップ(FU)は、人権条約の国家報告書審査におけるFUとは大きく異なる。後者ではFUの評価主体は条約実施機関であり評価対象も評価基準もこの実施機関が決定するが、UPRのFUの評価対象は審査対象国が支持した勧告に限定される。評価主体も審査対象国と他の個々の国連加盟国である。自由権規約委員会のFUを例にとれば、委員会は日本の第6回定期報告審査の総括所見(2014年)で22の勧告中死刑、従軍慰安婦、技能実習、代替収容に関する四勧告をFUの対象に指定し、例えば技能実習に関する勧告では賃金格差の是正、法令違反への罰則適用等三点につき質問を行い、日本政府の説明・回答をNGOの提出情報をも考慮してA~Eの5段階で評価し、各論点にB(部分的満足)、C(不満足)、Cという評価を下した。第7回定期報告書の事前質問表ではこの委員会評価を踏まえた報告書作成が求められた。報告書審査の結果、総括所見(2022年)には21の勧告が付されたが、FUの対象にはNHRI、難民等の処遇、児童の権利に関する三勧告が選択された。
他方、第3回UPR審査のFUでは、日本は、自ら同意した145の勧告と部分的に同意した勧告に関する自主的中間報告を行い、第4回報告書で勧告実施の取組状況を事実中心に要約・報告した。報告書では女性、児童及び障害者の分野で実施済みの措置(第五次男女共同参画基本計画、民法731条改正、性犯罪・性暴力対策の強化方針、障害者雇用促進法、児童虐待防止対策総合強化プラン、子育て世代包括支援のための児童福祉法改正など)や人権教育・啓発措置(人権教育啓発推進法と基本計画に基づく公務員研修など)に力点が置かれ、とった措置の結果や自己評価の記載には抑制的であった。第4回審査では、リヒテンシュタインが事前質問で同国が前回行った2勧告(NHRI設置等)の実施状況の説明を求めたが、自国の前回勧告の実施状況にコメントする国は記録上あまり見られない。WGにおける審査でも、議事要約を見る限り、115代表の大多数が、日本の勧告実施のための一般的努力や第四回報告書に記載された実施措置の実績、さらに国際協力・援助に対する日本の貢献に言及して、日本の取組を歓迎し、それ以上の評価には及んでいない。日本の勧告実施の取組は他の加盟諸国からは概ね肯定的に評価されたといえるだろう。
自由権規約委員会では前回勧告のFUの結果が次回国家報告の事前質問表に継承されるらせん型のサイクルが整備されるようになったが、このモデルをピアレビューであるUPRのFUに持ち込むことは困難であろう。またUPRのFUで多くの国が審査対象国の勧告実施措置を肯定的に評価したからといって、条約実施機関が同じ評価をするとは限らない。日本が第3回UPRで同意した女性、児童、障害者の権利に係る勧告の実施状況については多数の国が肯定的に評価したが、他方自由権規約委員会の第7回報告書審査に関する総括所見は、日本政府の実施した措置を評価しつつも両性の平等、女性に対する暴力等についていくつかの懸念事項を提示し、それらの改善を求める勧告を付している。国連加盟国が193ヵ国、自由権規約当事国が173ヵ国(パレスチナ国を含む)となった現在、自由権規約委員会による国家報告書審査(これに他の人権条約の審査が加わる)とUPRのそれとの間には多くの類似項目について重複審査が生じうるが、各審査にはなお異なる役割がある。
4.第4回UPRで提起された勧告と日本による回答と実施課題
UPR審査は、人権全般にわたってすべての国連加盟国に適用される国家報告書の審査手続であり、加盟国間の建設的ピアレビューを通じて審査対象国の人権遵守を促す役割をもつ。審査対象国は自らが同意した勧告を自主的に実施できる利点がある。しかし反対に、国は支持しない勧告については実施義務を負わないという大きな弱点を抱えている。
日本は第3回審査で145の勧告のFUを支持し、実際に多くの実施措置をとってきた。第4回審査でもテーマ別リストで50近い分野にわたる180の勧告のFUを支持した。支持した勧告には、国際文書の批准・加入(16:個人通報受諾勧告7を含む)、憲法・法枠組(13)、法・制度改革(7)、NHRI(24)、平等・非差別(19)、拷問・虐待等の禁止(7)、人身取引・現代奴隷制(8)、人権教育・啓発等(8)、障害者(独立・インクルージョン)(6)、人権基本計画(7)の分野が多いが、企業と人権、移住者の人権に関する勧告も含まれる。支持した勧告については今サイクルにおける実施措置の具体化が求められる。
他方、日本政府は、120の勧告に留意したが、従来からFUを拒否してきた死刑廃止・執行停止(16)、従軍慰安婦個人賠償(3)、代替収容廃止(1)に関する勧告のほか、堕胎罪廃止・母性保護法改正に関する勧告など若干の勧告に「同意しない」と回答した。LGBTQの人びとに対する差別禁止、同性婚の法的承認、性同一性障害特例法の改正、あるいは、性暴力や性犯罪に対する罰則強化に関連した勧告については、勧告内容及び不同意性交罪等の国会審議状況を考慮して「同意しない」「留意する」「部分的にフォローアップに同意する」の三種類に分けて回答した。他方、アルプス水放出に関する一定数の勧告については「留意する」と回答し、IAEAの評価等を含め日本の立場を説明し、今後のEIAにも言及した。また、ヘイトスピーチ解消法の禁止対象の拡大や罰則を求める勧告については、現行法の処罰範囲を超える罰則には表現の自由に対する極めて注意深い考慮がいること述べFUの留意に留めた。入管収容施設での処遇と収容期間の制限を求める勧告については、収容の長期化防止と収容見直し制度の導入を検討していることを援用して留意又は部分的同意を表明している。第4回審査の勧告の中間報告において部分的に同意した勧告についても自主的にFUを継続することが期待される。さらに、HRCマトリックスで留意と分類された勧告についてはFUの義務はないが、ヘイトスピーチ、女性に対する暴力、難民申請者の処遇をはじめとして自由権規約委員会その他の条約実施機関の総括所見において勧告がなされている事項については、UPRにおけるFU回答のいかんに拘らず、人権の保障義務の対個人的・対世的性格に適合した条約実施機関との対話が求められることはいうまでもない。
日本政府が6期目の人権理事国に選出されたことは、日本が自発的に行った誓約につき十分とはいえずとも誠実に実施措置をとってきた又はその努力をしてきたことを諸国が肯定的に評価したことを示していると思われる。6期目の理事国となる日本は、繰り返しFUに同意してきた勧告であって未だに実現していない二つの重要な勧告の検討から部分的にでも実施に着手することが強く望まれる。それは個人通報制度の受諾とNHRI設置である。UPR第4回国家報告書ではいずれも「その他の措置」の中で真剣に検討中と言及されたに過ぎない。自由権規約委員会は第七回定期報告書審査の総括所見で個人通報議定書加入の更なる措置を求め、NHRI設置については優先事項として取り組むことを勧告し、そのFUを求めている。抽象的に真剣な検討を繰り返すだけでは諸国や条約実施機関に対する説得力はないだろう。6期目の理事国として、必要な決断とともにUPR制度の一層の充実・強化を牽引する活躍が期待される。