エキスパートコメント

新地開発について考える

寛文新堤の造築  世界人権問題研究センターが現在地に移転して約1年。京都駅に程近い、京都最大の被差別部落のまっただ中、眼下に高瀬川を臨む、人権と歴史について考えるには、これ以上ない好立地である。  森鷗外が小説「高瀬舟」を発表するのが1916年(大正5)、高瀬川の舟運が廃止されるのが1920年。角倉了以らが高瀬川を開削したのが1610年代と伝えられるので、京都物流の大動脈はその300年間の歩みを止めた。ちょうどその頃、都市計画事業の一環として、河原町通を拡幅するか、木屋町通か寺町通か、沿岸の旅館や廃業した船頭、周辺住民を巻き込んだ論争が展開するが、結局、河原町通の拡幅に決まる。木屋町通の拡幅に決まれば、高瀬川は埋め立てられていたことであろう。舟運が廃止となった高瀬川に水を流す必要はないのであり、流し続ければ、浚渫や塵芥の回収、ときには悪臭対策も必要となる。埋め立ててしまえば、そうした費用は必要なく、京都市内に新たに活用できる土地が生まれる。そうした考え方もあったのである。  

プロ責法から情プラ法へ ―インターネット上の誹謗中傷対策の新局面

1.「情プラ法」の成立 2024年5月10日の参議院本会議で、従来「プロバイダ責任制限法」、さらには「プロ責法」と通称されてきた「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」の改正法が成立した。プロ責法は2021年にも重要な改正が行われているが、今回は、法律の名称そのものが「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」(通称は「情報流通プラットフォーム対処法」、「情プラ法」)に変更されることに示されているように、より大規模なものである。以下では改正前の法律をプロ責法、改正後のものを情プラ法と呼ぶこととする(ただし、情プラ法にも従来のプロ責法の条文は維持されており、それに今回紹介するような規定が加わったということである。)。

大きく変わろうとする日本のこども施策

こどもの権利条約とこども基本法  1989年、国連は「児童の権利に関する条約(以下、こどもの権利条約)」を採択した。同条約は、国連の加盟国数(193カ国)を超える196カ国が締約国となっている普遍的な人権条約である。日本は1994年に批准したものの、その国内実施法は長い間制定されてこなかった。そうした中、2022年6月にこども基本法が成立した(2023年4月施行)。注目すべきは、こども基本法がこどもの権利条約の国内実施法という性格を超えている点である。

日本の第4回普遍的定期審査の成果文書にふれて

1.はじめに  2023年1月3日、人権理事会(HRC)の普遍的定期審査(UPR)作業部会(WG)は、パキスタン、パラグアイ、ウクライナを進行役(トロイカ)として日本の第4回審査を実施し、2月3日にWG報告書(議事要約と結論/勧告)を採択した。日本の勧告に対する回答(WG報告書追補)を受けて、HRC全体会は、同年7月10日に成果文書(outcome:WG報告書とその追補、日本の自発的公約、HRC全体会での回答)を採択した。日本審査での発言代表の数と勧告の数は、第1回に42代表、26勧告(支持17、説明9)、第2回に79代表、174勧告(支持117、留意57)、第3回に106代表、217勧告(支持145、留意72)と増加し、第4回は115代表、300勧告(支持180、留意120)に達した。

トランスジェンダー女性のトイレ使用をめぐる最高裁判決について

 7月11日、最高裁は東京高裁判決を破棄して、上告したトランスジェンダー女性(以後、X)の訴えを認める判決を下した。この判決は、裁判官全員が一致したものの補足意見を全員が記した点でも注目された。本稿では本判決の概要と意義を述べたい。

近代の貸座敷と地域社会

はじめに  近年の遊所に関する研究は、遊廓・貸座敷の内部史料を用いた精緻な内容となっており、娼妓の生活実態や遊客の性格、地域社会との関係などが、より具体的かつ詳細に明らかにされるようになってきた【注】(1)。こうした研究が蓄積されることによって、性の売買をめぐる諸関係の歴史的背景についての解明が進み、ひいては人権課題としての解決に資する議論が深まるのではないかと考えている。

ドイツ・連邦司法庁訪問記

 私がリーダーを務める「インターネットと人権」チームでは、インターネット上の表現活動から生じる様々の人権問題を幅広く研究対象にしている。インターネットはグローバルな情報流通媒体であるため、当然ながら諸外国の法律や国際法上の規律も検討対象になる。日本で特に注目されている外国法の一つが、ネット上で一般人からの投稿を広く許す大規模プラットフォームに対して、名誉毀損やヘイトスピーチなど一定の違法表現の迅速な削除を義務づける、ドイツのネットワーク執行法(正式名称は「ソーシャル・ネットワークにおける法執行の改善のための法律」)である。

紛争地とビジネス ‐経済制裁とのかかわり

一昨年に起きたミャンマーでのクーデターや、昨年初めから続いているウクライナ戦争は、それらの国々に関連するビジネスを行っている企業活動に大きな影響を与えています。ミャンマーやロシアでの事業から撤退すべきなのか、財・サービスの提供は控えなければならないのか、その他の紛争地域からはどうなのか、といった問題に企業は直面しています。この問題を国際法の観点から見ると、どのように理解されるのでしょうか。

「こども基本法」に基づいた「こども家庭庁」発足に向けて

  子ども政策の司令塔となる「こども家庭庁」が、2023年4月に発足する。2022年6月に可決された、子どもの権利条約を念頭においた、「こども基本法」に基づく政策の実行が期待される。

ロシアのウクライナ侵攻を「平和と人権」の観点から考える

ロシアによるウクライナ侵攻 2022年2月24日、ロシアによる「特別軍事作戦」と称するウクライナ侵攻が始まった。ロシアは、その3日前の同月21日、親ロシア派がドネツク州とルハンシク州の一部を実効支配する地域の国家承認を行った。